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岡山地方裁判所 昭和29年(ヨ)209号 判決 1955年1月29日

申請人 中野定一 外一九名

被申請人 両備バス株式会社

主文

申請人等の申請をすべて却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

第一、申請の趣旨

申請人等が被申請人の従業員であることを、本案判決確定に至るまで仮に確認する。

被申請人は申請人等に対し昭和二十九年九月一日から本案判決確定に至るまで、毎月、別紙申請人等請求金額目録の各申請人名下に記載する各金員を、各月十日までに仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求める。

第二、申請の理由

一、申請人等はもと岡山バス株式会社(以下岡山バスという)の従業員であつた。岡山バスはここ数年来経営不振の状態が続いていたが、これを打開するため昭和二十八年秋頃被申請人との間に合併の話合が進んでいた。ところが昭和二十九年一月頃岡山バスは被申請人に対し包括的に営業譲渡をすることに両者の契約がなされ、岡山バスは同年七月被申請人に対し一切の営業を譲渡し、同月二十四日解散の決議をなし、同年八月二日その登記を了した。

ところで、右営業譲渡においては、有機的組織体たる営業(本件では自動車運送事業)が一体として岡山バスから被申請人へ譲渡されたのであり、労働力も亦右組織体の一構成要素であるから、申請人等と岡山バスとの雇用関係は当然被申請人に承継され、申請人等は右営業譲渡により被申請人の従業員たる地位を取得したものといわねばならない。しかして申請人等が岡山バスから受けていた賃金額は別紙申請人等請求金額目録記載のとおりであり、申請人等は昭和二十九年八月末日までの賃金は既に岡山バスから受取つているので、同年九月一日以降は申請人等が岡山バスで受けていたと同額の賃金を被申請人から支給されるべきである。

仮に右主張が理由ないとすれば、次のとおり主張する。

岡山バスの解散以来、申請人等は外十一名のもと岡山バス従業員と共に被申請人に対し雇用関係の当然承継を主張し、被申請人は当然承継しないと主張して、両者間に団体交渉が行われてきたが、昭和二十九年九月二日岡山県地方労働委員会(以下地労委という)の調停によつて、両者間に別紙和解協定書に記載するとおりの和解が成立した。そして右協定書第二項本文の趣旨は、黒瀬左膳が被申請人に対し名簿を提出することによりその名簿に記載されている者は当然に被申請人の従業員たる地位を取得するということであり、同項但書は現実の就労に先だち単に職種、職場等に関する申請人等の希望をきくだけの面接を行うという趣旨である。ところで黒瀬左膳は同年九月九日被申請人に対し申請人等及び外三名を含む合計二十三名の名簿を提出し、ここに申請人等は被申請人の従業員たる地位を取得した。次いで同月十日申請人等及び外二名(採用を希望しない一名を除いて)は被申請人の明石、松田両常務取締役の個々面接を受け、その際職種、職場配置等の指示をも受けて、同月十一日から就労することとなつた。そして賃金については和解の際の申合せにより採用の効果が九月一日に遡るので和解協定書第四項に従い申請人等が岡山バスで受けていたと同額の賃金(別紙申請人等請求金額目録記載のとおり)を同日以降被申請人から支給さるべきである。

以上いずれの理由によるも申請人等は被申請人の従業員たる地位を有し、かつ、九月一日以降前記目録記載の金額の各賃金を受け得るものである。

二、申請人等は岡山バスの従業員であつた頃、私鉄中国地方労働組合(以下私鉄中国という)に加入し、同組合岡山バス支部を組織していた。右支部の組織は岡山バスの解散にともない解消したが、申請人等の私鉄中国の組合員たる地位は、私鉄中国が個人加入の形式をとる単一組合であるため岡山バスの解散に拘らず消滅しなかつたのである。ところで被申請人は申請人等が私鉄中国に所属していることを嫌つていたのであるが、昭和二十九年九月十一日申請人等が被申請人の指示に従つてその業務に就こうとするや申請人等に対し、同月二十日までに私鉄中国を脱退しなければ雇用関係を継続しない旨通告し来り、その後申請人等の就労申入に拘らず申請人等に対し就労を拒否し、かつ、賃金の支払をしない。

しかしながら、被申請人の右行為は既に被申請人の従業員たる地位を取得した申請人等に対し、私鉄中国の組合員であることの故をもつてする不利益取扱であつて、不当労働行為である。

三、そこで申請人等は被申請人を相手どつて御庁に従業員地位確認並びに賃金請求の本案訴訟を提起しようと準備中であるが、申請人等はいずれも賃金を唯一の生活の資とするものであつて被申請人の右賃金不払の行為によつて生活上多大の支障を来しており、本案判決の確定をまつては回復することのできない損害を受けるので申請人等が被申請人の従業員であることを本案判決確定に至るまで仮に確認し、かつ、被申請人は申請人等に対し昭和二十九年九月一日から本案判決確定に至るまで毎月別紙申請人等請求金額目録の各申請人名下に記載する各金員を賃金支払日である毎月十日までに仮に支払うべきことを求める。

第三、被申請人の答弁及びその主張

一、主文同旨の裁判を求める。

二、申請の理由第一項に対して

まず、申請人等がもと岡山バスの従業員であつたこと及び岡山バスが申請人等代理人主張のような経路をたどつて解散したことは認める。ただし、被申請人と岡山バスとの関係は道路運送法第三十九条第一項の規定による自動車運送事業譲受渡契約によつて被申請人が岡山バスを買収したものであつて、申請人等代理人の主張するような包括的営業の譲渡ではない。なお、雇用関係の当然承継の点は否認する。

次に、申請人等主張の和解が成立したことは認めるが、それは申請人等の主張するような趣旨ではない。即ち和解協定書第二項は、黒瀬が被申請人に対し提出する名簿に記載されている者は被申請人においてこれを従業員として採用する義務を負うが、その採用の意思表示をする前に個別的に面接を行うとの趣旨である。そして黒瀬は九月十日被申請人に対し申請人等を含む二十二名の名簿を一旦提出したが、後記のように申請人等が本件和解の根本条件を履行していなかつたため、黒瀬は翌十一日右名簿を撤回するに至つた。被申請人としても和解協定書第二項但書に定める個々面接を行つておらず(もつとも同月十日被申請人の明石、松田両常務取締役が申請人等全員に面接しているが、右は同項但書に定める個々面接ではなく、申請人等を採用するについての準備調査である)、まして採用の意思表示はなされていない。

三、同第二項に対して

申請人等が私鉄中国岡山バス支部を組織していたこと、岡山バスの解散により同支部は解消したが申請人等はなお私鉄中国の組合員たる地位を有すること及び被申請人が九月十一日申請人等に対し私鉄中国を脱退しなければ採用しない旨(雇用関係を継続しない旨ではない)通告し、その後申請人等の就労を拒否し賃金を支払つていないことは認める。その他は否認する。

被申請人が右の所為に出たのは、本件和解の根本条件が申請人等が私鉄中国から脱退してそれと無関係な個人として被申請人に採用されるという点にあつたに拘らず、申請人等がこの条件を履行しなかつたからであり、右のような条件の存する理由は次のとおりである。

被申請人の従業員が組織する両備バス労働組合(以下両備組合という)はもと私鉄中国に所属していたが、昭和二十八年十二月七日これを脱退し、私鉄中国とは全く性格を異にする組合として存立している。加うるに昭和二十九年五月八日被申請人との間に労働協約が成立し、その第六条はいわゆるユニオン・ショップ協定を採用しており、同第十二条によれば被申請人が従業員を雇入れるに当つては組合と協議することを要し、又同第十三条の二によれば臨時雇の採用は組合の同意を得なければならないと定められている(申請人等を採用する場合も初めは臨時雇として採用するのである)。従つて被申請人が申請人等を採用するに当り、申請人等が私鉄中国に所属したままでは到底両備組合の同意を得ることができないので、申請人等が被申請人に雇用されることを求める以上私鉄中国を脱退するのでなければならなかつたのである。地労委の調停においてもこの点の交渉が難行したのであるが、申請人等もついに右の点を諒承して私鉄中国を脱退してそれと無関係な個人として被申請人に採用されるという点で交渉が妥結し本件和解が成立したのである。しかるに申請人等は私鉄中国を脱退しないので、被申請人としても申請人等を採用することができずに現在に至つているのである。

四、以上のように、申請人等は未だ被申請人の従業員たる地位を取得していないので、その地位を有することを前提とする本件申請は理由がないといわねばならない。

第四、疏明<省略>

理由

第一、事実の経過

当事者間に争いない事実並びに甲第四、第十、第十九号証、第二十五ないし第二十七号証、乙第一、二号証の各一ないし五、第三ないし第八号証、第九号証の一、二、第十ないし第十三号証、第十五、十六号証、第二十号証の一、二、第二十一ないし第二十三号証、第二十七ないし第二十九号証、証人周藤二郎、同明石碩、同黒瀬左膳、申請人細川寿文の本人尋問の結果によつて認められる事実を総合すれば、事実の経過は次のとおりである。

一、岡山バスは最近数年来赤字状態が続き経営困難に陥つたので、この状態の打開策として同一事実を営む被申請人が岡山バスを吸収合併する計画が両者間に立てられ、昭和二十八年十一月合併契約が成立し、運輸省に対し道路運送法第三十九条第二項の規定に従い合併認可申請をした。ところが岡山バスの資産率一株当りが四五円〇三銭であり、被申請人のそれが三一八円九七銭であり両者の資産の差が甚しく対等合併は不可能であり且つ運輸当局も合併には賛成し難い意向であつたので両者は方針を変更し、被申請人が岡山バスの事業を譲受けることにして昭和二十九年三月十日道路運送法第三十九条第一項の規定に従い運輸省に対し自動車運送事業譲受渡認可申請をし、同年五月二十四日その認可を得た。そして被申請人は同年七月二十日から同月二十八日までに岡山バスからその所有する車輌、不動産設備等一切の財産を譲受け、他方岡山バスは同月二十四日臨時株主総会を開いて解散を議決し、同月三十一日その全従業員に対し解雇の意思表示をなし、同年八月二日解散の登記を了した。

二、岡山バス従業員の引継ぎ問題については、当初両者間に合併が企てられていた頃は、被申請人において全員を引継ぎ雇用することを契約していたが、被申請人は、岡山バス従業員の中に従来不正行為者(乗車賃の業務上横領者を指す)があると考えたこと及び両備バス労働組合と岡山バス従業員の加入する私鉄中国とは著しく性格を異にし、しかも被申請人と両備組合との労働協約にはいわゆるユニオン・ショップ協定がある関係上、私鉄中国に属する岡山バス従業員をそのまま採用することはできないと考えたことの理由により、不正行為者を除外し、かつ、私鉄中国を脱退するのでなければ岡山バス従業員を引継ぎ雇用することはできないと主張するに至つた。かくて、事業譲受渡契約においては、岡山バスはその従業員を一応解雇し、被申請人はできる限り原則として右従業員を優先雇用するものとすると契約された。

他方、私鉄中国に属する岡山バス従業員(岡山バスには私鉄中国に属しない別個の労働組合もあつた。)は私鉄中国を脱退することなく全員被申請人へ引継がるべきことを要求し、岡山バス取締役黒瀬左膳はこの間にあつて引継ぎ問題を円満に解決すべく従業員側の私鉄中国副委員長塩田秀一と数十回にわたり交渉を重ねたが、私鉄中国を脱退するかしないかの点で妥結できず、昭和二十九年七月二十三日右交渉は遂に決裂し、岡山バスは同月三十一日前記のように全従業員に対し解雇の意思表示を発するに至つた。

そこで、被申請人は解雇されたもと岡山バス従業員を新規採用することとして、同月二十九日から翌八月一日までの四日間採用試験を実施したところ、もと岡山バス従業員の中十九名(いずれも私鉄中国に所属しない)がこれに応募し、うち十七名が採用された。しかし、私鉄中国に所属するもと岡山バス従業員(申請人等を含む)は右試験に応募しなかつた。

三、ところで、右試験に応募しなかつたもと岡山バス従業員三十一名(申請人等を含む)は、岡山バスが被申請人に対し事業を譲渡したことにより従業員の雇用関係は被申請人に当然に承継されたものと主張し、私鉄中国両備バス支部の名称をとなえて被申請人に対し全員の就労を要求した。これに対し被申請人は雇用関係の当然承継を認めず採用試験を受けるべきだと主張して右三十一名の要求を拒絶した。そこで右三十一名は一方同年八月七日被申請人に対し争議予告を発し、同月十八日から争議行為に突入し、他方同月十日地労委に対し右争議に関し(ただし岡山バスを相手とつて)調停を申請した。よつて地労委は被申請人をも利害関係人として参加せしめ数次にわたる調停を行つたが、被申請人は右三十一名が私鉄中国を脱退するのでなければ採用できないと主張し、右三十一名は私鉄中国を脱退することなく雇用さるべきことを要求して互に譲らず、調停は難行した。ところが、八月末頃日本労働組合総評議会議長藤田藤太郎が右紛争解決のため来岡し、右三十一名を代表して労働者の就労を第一義として被申請人と交渉した結果、同年九月二日午後十一時頃に至り調停はようやく成功し、別紙和解協定書記載のとおりの和解が成立した(和解の解釈は後述する)。

四、その後、黒瀬左膳は和解協定書第二項の定める名簿を作成するためもと岡山バス従業員と個別的に面接した上、被申請人に採用されることを希望する二十二名(申請人等及び外二名)の名簿を作成し、これを同月十日被申請人に提出した。そこで被申請人は同日午前その岡山営業所で幹部会を開き、その席上黒瀬はこの名簿に記載されている者は私鉄中国から脱退してそれと無関係な個人として被申請人に採用されることを希望している者である旨説明し、被申請人側もこれを諒承した。即ち被申請人側は、右名簿に記載された者は私鉄中国を脱退することが本件和解の根本条件であると解していたのである。そして同日午後一時頃から五時頃までの間に、被申請人側明石、松田両常務取締役及び大月労務課長は岡山営業所の一室で、或いは個別的に、或いは四、五人づつまとめて申請人等外二名に面接し、両常務は通勤の都合、職種、勤務先の希望等を尋ね、大月労務課長は住所、家族の状況等を尋ねた。かくして同日夜明石常務は申請人細川寿文に対し翌十一日午前十時に全員会社に出頭するよう指示を与えた。

ところで、申請人等外二名は私鉄中国を脱退するか否か、従つてまた、被申請人に採用された後両備組合に加入するか否かは各人の自由であるというのが本件和解の根本精神であると解していたので、申請人等外二名は被申請人に採用されても私鉄中国を脱退せず、その組織を維持する考えであつた。それで申請人池田芳美は九月十日両備組合執行委員長藤田晴夫に対し右の趣旨を語つたのであるが、このことが被申請人側の者の耳に入るや、被申請人側は事の意外に驚き十一日会社に出頭して来た申請人細川寿文、同三宅寛治、同池田芳美(三名は組合三役と考えられる)をして黒瀬宅へ行かしめ、同所で被申請人側社長松田壯三郎、常務取締役松田堯及び黒瀬は右三名に対し私鉄中国を脱退するか否かの点につき真意をただしたところ、右三名は被申請人に採用されても私鉄中国を脱退するか否かは我々の自由であると表明した。そこで被申請人側は申請人等外二名の右のような態度は和解の趣旨に反するものであると判断し、黒瀬はその場で右三名に対し申請人等外二名の和解条件不履行を理由として名簿の提出を撤回する旨申し渡した。

五、ここにおいて右申請人三名は同月十二日地労委に対し和解協定書に疑義があるとしてその解明を求めたが、地労委は同日別紙疑義解明書記載のとおりの書面を申請人等及び被申請人に交付して疑義に対する地労委としての解釈を示した。同解明書第一項の「両備バスに採用せられるものは団体としてでなく個々人として採用せられるものである」との文言の解釈に関し、被申請人は「両備バスに採用される者は私鉄中国を脱退してそれと無関係な個人として採用されるものである。」との意に解し、又申請人等外二名は「私鉄中国は単一組合であるから申請人等個人個人がその組合員たる資格を有する。個人として両備バスに採用されるものが別に私鉄中国の組合員たる地位を有していても、個人として採用されることに変りはない。故に私鉄中国を脱退することを要しない。」と解釈した。かように対立したまま、被申請人は同月十四日申請人等外二名に対し同月二十日までに私鉄中国を脱退の上就労されたい旨通告し、申請人等外二名は同月十八日被申請人に対し就労の申入をしたが、もとより私鉄中国を脱退していないので被申請人は申請人等の就労を拒否し、したがつて賃金の支払をせずに今日に至つている。

事実の経過は以上のとおりであり、右認定を左右するに足る信用すべき証拠は存しない。

第二、雇用関係の当然承継の主張に対する判断

申請人等は、被申請人は岡山バスから営業を譲受けたのであるから、申請人等と岡山バスとの雇用関係は当然に被申請人に承継されたものであると主張する。およそ会社の合併の場合においては、消滅する会社の一切の権利義務は存続する会社に包括承継せられるものであるから、消滅会社とその従業員との間の雇用関係も当然に存続会社に承継せられるものと解されるが、営業譲渡の場合には、営業組織体即ち営業財産、得意先、営業の秘訣などが一個の債権契約で移転し得るも営業財産を構成する各債権債務については個別的に権利の移転又は債務の引受を要するものと考えられるから、ひとり雇用関係についてのみ当然に承継すると解することはできない。本件につき見るに、岡山バスは被申請人に対し道路運送法第三十九条第一項に定める自動車運送事業を譲渡したもので営業の譲渡にあたるが申請人等は当然に被申請人の従業員たる地位を承継するものでないことは前示説示に照らし明らかであるので、申請人等の右主張は採用の限りでない。

第三、予備的主張に対する判断

一、申請人等は、営業譲渡に因り当然被申請人の従業員たる地位を取得しないとすれば、昭和二十九年九月二日地労委の調停で申請人等と被申請人との間に成立した和解協定書第二項に従い、岡山バスの取締役黒瀬左膳は申請人等の名簿を同月九日被申請人に提出したので、申請人等は被申請人の従業員たる身分を取得したと主張する。甲第五号証同第八号証同第二十五、六号証の記載証人藤田藤太郎、申請人本人細川寿文の供述中には和解協定書第二項の趣旨を右の如く解する記載及び供述があるけれども、後掲各証拠に照らしにわかに信用できない。却つて乙第二十七ないし第二十九号証、証人黒瀬左膳、同明石碩、同周藤二郎の各証言を綜合すると、前記認定の如く、岡山バスの従業員を被申請人が雇用することをめぐつて紛争を続けてきたが、被申請人側も譲歩し黒瀬左膳が名簿に記載して推薦した岡山バス従業員を被申請人は全員雇用すべき義務を負い、被申請人としては固有の人事権を有しているのであるから、その自主性を確保する意味において名簿に記載せられた者各自に対し個々面接(採否を決定するためではない)を行い、しかる後に採用の意思表示をすることとし、右の趣旨で和解協定書第二項が定められたものであることが認められる。したがつて、黒瀬左膳の名簿提出により名簿に記載せられたものが直ちに被申請人の従業員たる地位を取得するものではなく、被申請人の採用の意思表示が右の者になされたときに始めて被申請人の従業員たる地位を取得するものといわねばならない。

二、ところで右名簿に記載された者は私鉄中国を脱退したものでなければならないかどうかにつき判断するに、乙第十三、四号証、同第十六号証、同第二十八、九号証、証人黒瀬左膳、同明石碩、同周藤二郎、同藤田晴夫の各証言を綜合すると、両備組合は組合員三百余名を有する被申請人における唯一の労働組合であつて、その被申請人との労働協約第六条にはいわゆるユニオン・ショップ協定が定められており(但し、臨時雇は組合員たる資格はなく、本採用となつて始めて右資格を有するに至るのであるが、臨時雇の期間は二ケ月で被申請人は右和解に基き採用すべき岡山バスの従業員を必ず本採用すべきことを約している)同第十三条の二には臨時雇の採用には組合の同意を要する旨規定されていること及び両備組合と私鉄中国とは労働組合としてのあり方において相違があり両備組合からも岡山バス従業員を私鉄中国に加入のままで採用することには強く反対の意見が述べられていたので申請人等を私鉄中国に加入したままで臨時雇に採用することは両備組合の同意を得られないことは明らかであり、又後日本採用となつた場合岡山バス従業員が依然私鉄中国を脱退しない場合には、被申請人は右ユニオンショップの協定の関係上それらの者を解雇せねばならず再び紛争を惹起することは必然の成行なので被申請人は右の事情を考慮し申請人等は私鉄中国を脱退して個人として雇用さるべきであることを強く主張し、申請人等もこれを諒承の上本件和解が成立したことが認められる。申請人等は和解協定書第五項には「……就業規則その他の諸慣行」とあつて、労働協約が就業規則に優先する効力を有するに拘らずこれが明記されていないことからして本件和解においては申請人等に対し右労働協約を適用しない趣旨であることは明らかであると主張するが、乙第二十九号証及び証人周藤二郎の証言によれば「その他の諸慣行」の中には、労働協約をも含めた趣旨であることが窺われるので申請人等の右主張は採用できない。又地労委の疑義解明書第二項の記載の趣旨は、証人周藤二郎の証言によれば、申請人等が私鉄中国を脱退して個人として雇用されることが条件となつていたが、被申請人に雇用された後に両備組合に加入すべきかどうかの問題は本採用になるときに決めればよいものと考えて和解成立のときには特に右の問題に触れなかつたことを示したに過ぎないことが窺われるので、右第二項の記載は毫も右認定の妨げとなるものではない。右各認定に牴触する証人藤田藤太郎の証言及び申請人本人細川寿文の供述は信用し難くその他右認定を覆すに足る疎明資料はない。しかして労働組合法第七条第一号本文後段の規定によれば、使用者は労働者が労働組合から脱退することを雇用条件(黄犬契約)とすることは不当労働行為として禁止されているが、使用者が労働協約においてユニオン・ショップの協定をしている場合にはその後雇用すべき労働者に対し労働組合から脱退することを雇用条件としても何等妨げないことは同条項但書の規定上明らかであるので、被申請人が本件の如き事情の下において、申請人等が私鉄中国から脱退して個人として雇用さるべきことを条件としたことは不当労働行為を構成するものではない。

しかして前記認定の如く被申請人側の明石常務取締役等は昭和二十九年九月十日に黒瀬の提出した名簿に基き申請人等と個々面接をし通勤の都合、職種、勤務先の希望等を尋ねたが翌十一日に申請人等は未だ私鉄中国を脱退せず将来も脱退する意思のないことを知つたので、黒瀬は申請人細川寿文等幹部に対し和解条件不履行を理由として名簿の提出を撤回する旨申し渡し、被申請人は申請人等に対し雇用の意思表示を留保して今日に至つたのである。

そうすると、被申請人は和解協定書第二項に基き申請人等に対し未だ雇用の意思表示をしていないのであるから、申請人等は被申請人の従業員たる地位を取得するに由なく、しかも被申請人が雇用の意思表示をせず申請人等の就労を拒絶したことは申請人等が和解協定条件を履行しないことに基因しその責は申請人等にあるので、被申請人の所為を目して不当労働行為と批難するのは当らない。

第四、結論

以上説明のとおり、申請人等は未だ被申請人の従業員たる地位を取得しないのであるから従業員たることを前提とする本件申請は爾余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 熊佐義里 石川良雄)

(別紙一)

申請人等請求金額目録<省略>

(別紙二)

和解協定書

岡山バス株式会社と私鉄中国地方労働組合岡山バス支部との間に係属中の争議に関し、双方当事者は岡山県地方労働委員会の調停により両備バス株式会社の協力を得て三者円満なる和解に達し、左記諸条項を誠実に履行することにより本件争議を解決することを約する。

追つて本協定書に対する疑義の点に就ては一切岡山県地方労働委員会本件争議調停委員会委員長の意見に従うものとする。

一、組合は岡山バスが行つた解雇を承認し、岡山バスは組合員に対し所定の退職金及び一ケ月分の解雇予告手当を支給する。

二、両備バスは黒瀬左膳氏より提出される旧岡山バス従業員名簿によりその全員を雇用する。

但し右雇用前個々面接を行う。

三、両備バスは組合員の本採用になる迄の身分を保証する。

四、両備バスは組合員が従来岡山バスで受けていた給与額を維持する。

五、組合員は両備バスに於て現に行われている就業規則其の他の諸慣行に従う。

六、本争議解決と同時に双方本争議に関する一切の提訴を取下げる。

七、本争議中に行われた行為に対しては双方共一切責任を追及しない。

八、両備バスは旧岡山バス従業員と両備バス従業員との両者間の差別待遇をしない。

以上。

昭和二十九年九月二日

私鉄中国地方労働組合

執行委員長 香山重孝 <印>

岡山バス支部執行委員長

細川寿文 <印>

岡山バス株式会社

元社長 松田基 <印>

両備バス株式会社

社長 松田壯三郎 <印>

日本労働組合総評議会

立会人 議長 藤田藤太郎 <印>

岡山バス株式会社

立会人 元取締役 黒瀬左膳 <印>

岡山県地方労働委員会

岡山バス争議調停委員会

公益委員 楠朝男 <印>

立会人 労働委員 中山五三六 <印>

使用者委員 高橋憲磨 <印>

(別紙三)

疑義解明書

一、本争議の和解協定書第一項及び第二項に「組合は岡山バスが行つた解雇を承認し、」「両備バスは黒瀬左膳氏より提出される岡山バス従業員名簿によりその全員を雇用する」とあるに鑑み、両備バスに採用せられる者は団体としてでなく個々人として採用せられるものである。

二、両備バスに採用せられた者が必ず両備バス労働組合に加入すべきであるとの明瞭な意見の一致の下に本協定書は作成せられたものではなく、同組合に加入するか否かは個々人としての意思に任さるべきものである。

三、当事者双方は公益事業の公益性に鑑み且つ和解成立の精神を充分尊重し、枝葉の争を避け就労先決の精神のもとに就労しつつその間従業員相互隔意なき話合いに努力し速に正常な状態に復帰し以て本争議解決の画竜点睛たらしめられんことを本委員会は切に期待する。

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